ゆらぐ軸 — 180年分の極運動データを陶器の器に挽く

地球の自転軸が地表を貫く点は静止せず、数メートルの幅でさまよい続けています。この揺れ(極運動)を実測した180年分のデータを、ろくろで挽いた一つの器の形へ変換したデータアート作品です。器の底が1846年、口の縁が2026年。揺れが大きい時代は器が太く膨らんで縞が白く輝き、静かな時代は深い紺に沈みます。観測の精度が低い時代ほど、器を覆う釉薬(ゆうやく)のひびが密になります。観測が途絶えた1898–99年は、割れを金で継ぐ「金継ぎ」として刻まれています。
「ゆらぐ軸 — 極運動の器」では、極運動の軌跡を器の表面に絵として描くことはしていません。その時代の揺れの大きさを、そのまま器の太さとして与えています。ろくろは、回転する土に手を当てて下から上へ時間をかけて形を挽いていく道具です。時間が下から上へ進み、その瞬間の値が太さになる——この構造が、時系列データの形とそのまま重なります。器がデータの入れ物なのではなく、データが器の形を決めている。この一致が造形の出発点です。
そのため、形は作者が決めたものではありません。約6.4年の周期でうなる揺れは竹の節のようなふくらみになり、揺れが記録的に小さかった1920年代は首のくびれになります。地球の側の事情が、そのまま器の輪郭として現れます。
造形の読み方
- 時間 — 器の底(1846年)から口の縁(2026年)へ、下から上に流れる
- 揺れの大きさ — 器の太さになり、同時に年輪のような縞の色にもなる。静かな年は深い紺、大きく揺れた年は白へ(3〜457 mas。1 mas は地表で約3cm)。配色は、濃紺の地に白が流れる伝統釉「なまこ釉」から取っている
- その時代の観測精度 — 器の肌の粗さになる。釉薬(ゆうやく。焼くと器の表面を覆うガラス質の膜になる、うわぐすりのこと)に入る細かなひび、すなわち貫入(かんにゅう)の密度と、ろくろ目の筋の深さ、飛び鉋(とびかんな)の点刻の密度。望遠鏡で覗いていた19世紀は粗く、電波望遠鏡やGNSSで測る現代へ向かうほど、肌は細かく静かになる
- 観測の空白 — 観測が途絶えた1898–99年を、割れを金で継ぐ「金継ぎ」として明示する
- 極運動に刻まれた節目 — 器の肌に打たれた金の点(鋲)で示す。巨大地震や大気の変動のように揺れを励起した出来事、揺れが極端に小さくなった年やドリフトが向きを変えた年、そしてチャンドラー揺れの発見のように人が現象を捉えた観測史の節目が並ぶ
主な機能
- 器が挽かれていく成形アニメーション。まず白い線で骨組みが底から口へ組み上がり、その上に釉薬の面が下から被さっていく(「成形を再生」で何度でも見られる)
- 自動回転と注釈表示の切り替え、ドラッグでの回転・ホイールやピンチでのズーム
- 器の左右に2つの計器を常設。左は極が地表に描いた軌跡(真上から見た図)、右は揺れの大きさの推移(1846–2026年)。成形中は表示している年代に合わせて伸びていく
- チャンドラー揺れの発見(1891)、水沢が国際観測網に加わる(1899)、揺れが記録的に小さくなる(1927)、チリ地震(1960)、スーパー・エルニーニョ(1997)、平均極のドリフトが方向を変える(2000)、東北地方太平洋沖地震(2011)、揺れが再びほぼ消える(2018)を、引き出し線で注釈
データソース
- IERS EOP C01(1846–1961年、望遠鏡による光学観測)
- IERS B(1962–2026年、電波望遠鏡とGNSSによる観測)
- 2つを統合した5,240点。観測のない1898–99年は前後から補間して繋ぎ、作品内では金継ぎとして正直に明示している
- 器の肌に使う観測精度は、観測点ごとの誤差の実測値ではなく、観測技術の世代ごとに定めた目安の値(1890年以前は73 mas、1995年以降は0.1 masなど7段階)
揺れの大きさは角度の単位で記録されており、1 mas(ミリ秒角)は地表の約3.09cmに相当します。器がもっとも太いところは半径300 mas、地表では約9.3mの揺れです。なお本作品はUMT株式会社が業務として受注・納品したプロジェクトではなく、制作者個人の創作活動として制作したものです。
- Member桑原真一郎
- CategoryData Visualization

